ツイッタラー「子ども欲しくない理由として自分ファーストの人生を送りたいって十分すぎると思う。馬鹿にされる筋合いない。」賛否分かれる。

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とあるツイッターユーザーの投稿が話題を呼んでいる、内容は

「子ども欲しくない理由として自分ファーストの人生を送りたいって十分すぎると思う。馬鹿にされる筋合いない。」


といったもの、昨今は少子化問題が取りた出され日本の人口が減少しはじめるまでになった、マクロ(大目)で見ると人口が減少するということは経済的にも悪影響が多いが、個人のミクロの視点までに落とすと「子供を持つメリット」というのは昔ほどなくなってきて「持たないことへのメリット」が多くなったのではないだろうか、こちらの投稿には様々な意見が書き込まれたが昔ではなかったこのような考え方になったのはなぜだろうか

昔ほど子供を持つメリットがなくなってきた

伝統農法「冬水田んぼ」。雑草を減らすのに役立ち、豊かな土壌にする農法について。 | 農業メディア│Think and Grow ricci

かつて子供というのは「労働力」として貴重な存在であった、日本の人口の9割は農家であったので機械のない時代においては人の数というのは単純に農作物の収穫量に直結する貴重な労働力であったのだ。

だから昔は貧乏でも子沢山であったし、むしろ貧乏だからこそ子供をたくさん作り労働力として使い農作物をたくさん作りそれを売り裕福になっていった。

しかし今の日本では子供をたくさん作れば作るほど「貧しくなっていく」ようになっている、子供は親の農作業を手伝うことはないし家に金を入れるわけでもない、もしかしたらニートになり不良債権と化すリスクもあり親にとってのメリットが単純に「子孫を残したい欲」だけで成立しているもはや”贅沢品”としての役割しかなくなっているのである。

さらにメリットはもう一つ存在した、それは老後の面倒を見てもらうことだ。
生活保護のない時代の日本では資産や身体を動かす体力がない=死に直結する問題であったので老後に金を稼ぐ体力ない老人というのは非常に脆弱(ぜいじゃく)な存在であった。

前述の通りもちろん生活保護などないので自分の子供をたくさん作り自分の最期を看取ってもらえるという役割とメリットが存在した、しかし今の日本では生活保護や手厚い社会保障もあり最悪飢えて死ぬこともない、まさに子供を絶対的に作らなければならないものではなくなったのだ。

幸せの形は変わっていく

人間もバカではないので「子供を作るメリット」がないと判断すれば作らなくなる、大学受験の費用もかかるしかかった割にはニートになったり親の介護もしないようになることだって珍しくない

この書き方だと子供だけが悪いような気がするが子供だって7人くらい兄弟がいればたまに親を助けに行くことができるかもしれないが仕事もしながら1人で介護するのは至難の業である、そもそもの社会システムに限界が来てるのではないかと思う。

昔の農村のように生まれて死ぬまで同じ場所に住んで親と一緒に過ごす時代でないからこそどんな生き方をしていくべきか考えたい。

ネット上の声







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