池袋事故遺族「この2年間どう生きていたんですか?」→飯塚被告「リハビリで毎日辛かったです」

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2019年に東京都の池袋の歩道で飯塚幸三被告が乗車していた車が暴走し、当時31歳の松永真菜さんと3歳の長女莉子ちゃんを死亡させ、在宅起訴されている飯塚被告が東京地裁の第8回公判に姿を現した。被害者参加制度を利用して、松永真菜さんの遺族である父の上原義教さんは公判で被告人質問をした際に、飯塚幸三被告の答弁した返答が話題になっているため、紹介したい。

まず、松永真菜さんの遺族である父の上原義教さんは、以下の様に質問した。

「あなたは(事故から)2年、どう生きてきた、生活してきたんですか?」と質問した。

日刊スポーツ

この質問に対して、飯塚幸三被告はこの様に回答した。

同被告は「事故の年の暮れくらいから、ふらつきが非常に大きくなりまして、病院を変えました。難病であることも秋に分かり、毎日、リハビリしか…薬が効かないんです。運動機能を低下させないよう毎日、やっております。なかなかつらい毎日です」と答えた。

日刊スポーツ

飯塚幸三被告の回答に対して、遺族の夫の松永拓也さんはこう答えた。

松永さんも「義父さんが、この2年間、何をしていたかと聞かれ、リハビリが苦しい毎日だったとか自分のことを言った。そんなことを聞いたわけじゃないですか? 毎日つらかったですって、よく言えたなと。遺族がつらい思いをするって考えられないんですか?」

日刊スポーツ

加害者である立場の飯塚幸三被告は、質問した遺族の質問に対してリハビリが辛かったと自分本位の答弁をし遺族の気持ちを推し量る様な回答をすることはなかったため、遺族の松永拓也さんは怒りを露わにした。

このことをネットではどのように考えられているのか一部を紹介したい。







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