【ハルキストの部屋】第5段 作家村上春樹について 【連載】

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こんちわ、Shunです。村上春樹の長編小説を全部読んだことある自称ハルキストです。彼の好きな作品は『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』。

第5回目も、村上朝日堂の内容に触れて、作家村上春樹が20代をどう過ごしたかを紹介したい。

まず、彼の経歴について述べたい。1949( 昭和24)年、京都市生まれだ。7年かけて早稲田大学第一文学部卒業。1979年に『風の歌を聴け』でデビューし、群像新人文学賞を受賞した。

今回も、引越し好きな村上春樹の20代の学生時代のことについて述べたい。

村上春樹は、学生の時に、目白、練馬、三鷹、千石、国分寺に住んでおり、著書でも彼自身は引っ越しが好きだと述べている。前回の連載記事では、村上春樹の目白での学生寮の実体験を引用して、彼の過去の話について触れた。

村上春樹が、三鷹に暮らしていた頃の話を紹介したい。

僕は絶対に日記をつけない人なのだけど、三鷹時代に限ってどういうわけか短い日記をつけている。たいした日記じゃなくて、何を食べただとか、どんな映画を観ただとか、何回やっただとかその程度のことしか書いていないのだけれど、それでもあとになって読みかえしてみるとなかなか面白い。

村上春樹著 新潮社出版 村上朝日堂 p69

この日は三鷹大映で山下耕作の「昇り龍」(良い映画である)と渥美マリの「いいものあげる」(良いタイトルである)の二本立てを観ている。五日には新宿の京王名画座で「夕陽に向かって走れ」と「イージー・ライダー」を観ている。「イージー・ライダー」を観たのはそれで三回めだった。

村上春樹著 新潮社出版 村上朝日堂 p71

引用した内容は、村上春樹の日記である。著書で、彼が実際に記述したものであり、どの日に何をしたのかというものを書き留めていたとのこと。早稲田大学在学中に何をして何を思ったのかなどが書かれている。村上春樹が、どのような学生生活を送っていたのかがわかり、とても興味深い。

一九七一年という年は大学のドンパチがいちおう峠を超えて、闘争が陰湿化し内ゲバに向かいはじめるというかなり複雑な時代なのだけど、こうしてみると実際には毎日女の子とデートしたり映画観たりして結構たらたら生きていたみたいだ。だから「最近の若い男の子はどうのこうの」なんて偉そうなことはとても言えそうにない。人間というのはべつに大義名分やら不変の真理やら精神的向上のために生きているわけじゃなくて、要するにかわいい女の子とデートしてうまいものを食べて楽しく生きたいと思っているだけだからである。

村上春樹著 新潮社出版 村上朝日堂 p71

年をとってから思いかえしてみると自分がすごくはりつめた青春時代を送ってきたような気がするものなのだが、実際にはそんなことはなくて、みんな馬鹿なことを考えながらたらたらと生きてきたのである。

村上春樹著 新潮社出版 村上朝日堂 p71

順当に進級できていたら、一九七一年に村上春樹は大学4年生である。以前の連載でも述べたが、彼は7年生で卒業したため、恐らく、三鷹での生活内容を綴ったこの日記は、大学4年生の頃の話であると推察できる。

村上春樹は、彼の妻と交際を始めて結婚するまでは、多くの女性との出会いがあり、彼女らとデートしたのかもしれないし、彼の妻との出来事を述べているのかもしれない。

日記の内容を村上朝日堂で書かれているが、彼の行ったことと同時に彼の人生観についても述べている。人は、大義名分や真理などの向上心を持って、生きているわけじゃなくて、かわいい女の子(かっこいい男の子)とデートして、美味しいものを食べて楽しく生きたいと思っていると、村上春樹は、考えている。

これは彼個人の意見であるが、ハルキストである筆者も参考にしたい考え方、生き方である。







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